理事長挨拶
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ご挨拶
日本微量元素学会第13期の理事長を拝命いたしました安井裕之(京都薬科大学 分析薬科学系 代謝分析学分野 教授)でございます。21世紀に入ってから四分の一世紀が過ぎ、国内外の社会や文化に大きな変革が進みつつあります。本会は、最新の微量元素研究に関して国内の産官学より多様な研究者らが集まり、学問を通じて交流する場として、以前に増して活動していきたいと考えております。
1989年に第2回国際微量元素学会(International Society for Trace Element Research in Humans: ISTERH)が、東京において、日本大学の冨田寛先生を会頭として開催されました。当時の国内には、微量元素をテーマとしている研究者が参画する集会として、微量金属代謝研究会(冨田寛先生ら)、微量元素研究会(土屋健三郎、野見山一生、木村修一先生ら)、輸液微量栄養素研究会(岡田正、高木洋治先生ら)、微量栄養素研究会(山口賢次、川島良治、糸川嘉則、左右田健次先生ら)の4つの研究会が存在していました。ISTERHの日本初開催にあたり、この4つの研究会が分野の壁を越えて協力されました。これを契機として、日本にも微量元素に関する統一した学会を創設しようという気運が高まり、1990年に微量栄養素研究会を除く3つの研究会が合同する形式で本会が発足しました。以来、本会は、途中で学会事務センターの破産に伴う資金不足など、様々な困難に直面しましたが、歴代理事長らのご尽力と会員の皆様のご援助があり、任意団体であったのが2021年より一般社団法人として認められ、更に飛躍しつつあります。
私は、京都大学薬学部に在学中の学部4年生の時に、田中久先生(京都大学名誉教授)が主宰されていました当時の薬品分析学講座に配属され、薬物動態学における速度論解析法を卒業研究のテーマとして選択しました。一方で、田中久先生が取り組んでおられたセレンの新規分析法に関する研究に参画していたこともあり、先達による微量元素に関する様々な研究報告にもふれていました。大学院生時代は、自身の最初の専門分野である局所薬物動態学における研究を進め、博士の学位を無事に取得できました。その上で、研究室内のセレン研究グループにも所属していた事から、チオール基含有の降圧薬であるカプトプリルの一部が体内でセレノトリスルフィド(R-S-Se-S-R)を形成して代謝される過程で、血中のセレン濃度やグルタチオンペルオキシダーゼ活性が同時に低下することを見出し、1993年に共著者と論文報告しています。生体中の亜鉛イオンとチオール基で安定なキレート結合を形成し、亜鉛の尿中排泄を促進させて薬剤性亜鉛欠乏を起こすことが知られていたカプトプリルが、薬剤性セレン欠乏をも起こす可能性を見つけた訳です。博士の学位取得後は、多くの貴重なご縁があったお陰で、櫻井弘先生(京都薬科大学名誉教授、田中久先生が教授就任後に配属された最初の学部生)が主宰されていた京都薬科大学代謝分析学教室に勤務し研究活動を継続できました。櫻井弘先生がライフワークとして取り組んでおられた抗糖尿病効果を有するバナジウム錯体の体内動態解析と薬力学解析に関する研究テーマを与えていただき、本格的に微量元素の研究に携わることとなりました。
今から思えば、私が学部生の頃から大学院生時代に学んだ薬物動態学や分析化学の知識や技能を活かしつつ、亜鉛やセレンと相互作用しあう医薬品の存在を自ら見出した経験を併せ持ちながら、学者の端くれとして微量元素の分析化学や医薬品への応用を30年間に渡り研究してきたことには、大きくて不思議な縁と和を感じます。
偉大な先達や知の巨人の肩に乗った小人でしかない私が、残された時間にすべき事とは、自身が経験してきた経緯と同じく若い世代への贈与と継承であると考えます。そこで、理事長就任に際し、第11期理事長の小椋康光先生が掲げられ、第12期理事長の吉田宗弘先生が引き継がれた3つのスローガン「国際化の推進」、「多面的かつ多角的視点の確保」、「若手研究の活性化」を継承すると共に、ここに「ダイバーシティの推進」を加え、自らが先頭に立ち、本会の企画と運営に責任を果たす所存です。
「国際化の推進」については、第11期から国際英文誌である「Metallomics Research」が刊行されています。小椋康光先生や吉田宗弘先生のご尽力によって、日本学術振興会より科学研究費助成事業の1つである研究成果公開促進費に2025年度から5年間の採択が決定しています。この英文誌の国際誌としての情報発信強化に公的資金援助を受けられた訳で、この英文誌の質と量を高め、アジア・オセアニア地域を中心とした真の国際誌に発展させたいと考えます。会員の皆様には、今後の発展を念頭に置かれた上で「Metallomics Research」への積極的な投稿を何卒よろしくお願い申し上げます。
「多面的かつ多角的視点の確保」については、本会はその発足時の経緯から、基礎と臨床の研究者が集っておられました。また、会員の所属学部も、医学部、理学部、薬学部、農学部、工学部、生活科学部など多様でありました。微量元素は、栄養水準、保健水準、薬理水準、毒性水準というように、投与量や曝露量の増減に伴って、生体に及ぼす影響は大きく変化します。微量元素の研究には、定性的のみならず定量的なアプローチが必ず要求される所以です。したがって、微量元素の研究においては、化学的技能による分析化学や機器技術による分析科学がきわめて重要となります。さらに、微量元素を実際に取り扱うには、多様な研究手法を理解し、実践することも重要です。日本の多くの学会では、研究手法を同じくする研究者が集っていることが多いことを考えると、本会における研究分野の「多面的かつ多角的視点の確保」は特筆すべきものであり、本会の生命線ともいえるものです。
少子高齢化にも伴い、博士課程進学者や大学教員の実数減少などもあり、日本の学会の多くは若手研究者の減少による高齢化が進んでいます。「若手研究の活性化」は本会にとって最も大きな課題といって過言ではありません。これを克服できないまま推移すれば、本会の体制自体が前時代的となり、外部に魅力を発信していくことが難しくなると考えます。多くの会員にとって、微量元素というテーマを中心として、幅広い年代の多様で多彩な人達が集い、胸襟を開いて議論できるのが本会の魅力です。このような本会の魅力を、特に若い研究者層へ発信することは、理事長に課せられた使命と考えます。私の在任中に「微量元素研究の若手の会」なるものも立ち上げて、オープンに交流できる場を提供できればと考えます。
「ダイバーシティの推進」については、現状は全くの白紙です。それもあり、理事長から推薦できる理事として2名の女性研究者にご就任いただきました。調査や議論のみに終始するのではなく、具体的に出来ることや改善できることから取り組み始めたいと考えます。会員のみなさまにも、ご助言やご協力をいただくこともあろうかと思います。何卒よろしくお願い申し上げます。
学問の師と仰ぐ複数の恩師との出会いから30年間、微量元素の研究に関わってきた私にとって本会の理事長を務めることは、この上もなく光栄なことであります。先達の先生方にならってわが国の微量元素研究の発展に獅子奮迅で尽力する覚悟でおります。会員の皆様方の益々のご指導とご協力をお願い致しまして、就任のあいさつとさせていただきます。
令和7年7月1日
第13代日本微量元素学会理事長
安井 裕之